2024年3月よりミツウロアベニューにてお取り扱いを開始させていただいた。今話題の「京玄米茶上ル入ル」についてご紹介いたします!
編集部Aが最初に宇治田原製茶場様にお話をうかがった際、普段何気なく飲んでいる玄米茶から日本人が受け継いできた思想や思考を知り驚くとともに、現代でも玄米茶を楽しめている喜びを感じました。
玄米茶の起源に「鏡餅」がキーワードであることを皆さんはご存じでしたか・・・? ※私は知りませんでした
ホッと一息する時間を与えてくれる存在のお茶。こだわりのお茶を楽しみ、自分時間を充実させることもおすすめです。それでは、「京玄米茶上ル入ル」のブランドストーリーを深堀していきましょう!
つくりてより
「京玄米茶 上ル入ル」は、緑茶発祥の地、京都・宇治田原で昭和元年からお茶の製造・販売を行う宇治田原製茶場が、“玄米茶の原点”を見つめ直してできた縁起の良い玄米茶専門ブランドです。
そもそも玄米茶は昭和の初期、京都のある茶商がお正月の鏡開きの際に鏡餅を割ってできた細かいカケラを見て、「なんとかうまいこと使えないものか」と、それを炒って茶葉に混ぜたことが始まりだといわれています。
食材を無駄なく大切に使うという京都ならではの“始末の文化”と、私たち日本人に欠かせないお米とお茶、「京玄米茶 上ル入ル」はそんな文化や風土をもう一度大切にしたいという思いから誕生しました。
一般的な玄米茶は炒り米を使用しますが、上ル入ルは鏡餅縁起にあやかり、京都の老舗米菓舗「鳴海屋」が備長炭炭火で一つひとつ丁寧に焼き上げた“炒り餅”を使用。今までにない香ばしくておいしい玄米茶です。
縁起もいいから、気分もアガル!
一日のはじまりは玄米茶から。
メイド・イン・京都
京都の老舗米菓舗「鳴海屋」の備長炭炭火焼きで香ばしく炒ったお餅と、選びぬかれた宇治茶をブレンド。
一煎一煎、茶葉と炒り餅がベストなバランスでお届けできるよう、ティーバッグにしました。
製法から品質管理にもこだわり、美味しさと共に安心と安全をお届けします。
緑茶発祥の地、京都・宇治田原町で創業百余年、宇治田原町製茶場だからこそできた玄米茶です。
今、なぜ玄米茶?
「京玄米茶 上ル入ル」は、宇治田原製茶場から新しく誕生した玄米茶専門のブランドです。長い歴史の中で育まれてきた日本茶文化の中で、今なぜ玄米茶なのか?
それは玄米茶のルーツを見直すことで、私たちが忘れている日本人の価値観や、暮らしの知恵をもう一度共有したいと考えたからです。玄米茶の原点を見つめたら、新しいお茶が誕生しました。
ブランドストーリー
宇治田原製茶場「京玄米茶 上ル入ル」のブランドストーリーのキーワードは、4つ!
- 八百万の神の国
- 鏡餅絵縁起
- 玄米茶の原点
- おまじない
普段何気なく飲んでいる玄米茶がどのように生まれたのか、またどんな想いで「京玄米茶 上ル入ル」が誕生したのか深堀していきましょう。
八百万の神の国
あらゆるものには神が宿り、力がある、という古くからの言い伝えは、今も私たちの暮らしに息づいています。四季折々の美しい習慣、そのなかで生まれ継承されてきた年中行事。季節のうつろいを感じながら、私たち日本人は日々の暮らしを営んできました。
鏡餅演技
お正月。門松や注連縄(しめ縄)、干支の置物を飾って、鏡餅を供え歳神さまをお迎えする準備をする。鏡餅には歳神さまの魂が宿っているとされ、鏡開きにはお供えしたお餅をお下がりとしていただきます。神様の力を体に受取、一年の無病息災を願うのですね。
玄米茶の原点
昭和の初期。京都のある茶商が、鏡開きの際に鏡餅を割ってできた細かいかけらをみて、「なんとかうまいこと使うことができないものか」と、それを炒って茶葉に混ぜたことが玄米茶のはじまりだとか。食材を無駄なく大切に使う「始末」の文化と縁起物の炒り餅。宇治の気候と大地で育まれた茶葉が三位一体となって、再びここに出会いました。
おまじない
昔から「茶柱が立つと縁起が良い」と語り継がれてきました。今では茶柱を見る機会が減ってしまいましたが、「今日も一日いい日でありますように」と願う気持ちは今も昔も変わらないはず。お茶を楽しむ時間は、あなたの心をほっと落ち着かせてくれる気分転換のスイッチにも。おまじないを唱えるように、忙しい時こと一杯の玄米茶で一服しましょう。オフィスやテレワーク場にストックしておくのもいいですね。
「京玄米茶上ル入ル」はこちらよりお求め頂けます。是非チェックしてみてください。
次回のコラムでは、玄米茶に東と西がある・・?!を調べていきます。